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アートコラム

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第4回 「山下清 美しさのわけ」

2023年10月01日更新

 9月白露のころ、「生誕100年山下清展 百年目の大回想」を観るためSOMPO美術館に出かけた。美術館が損保ジャパン新宿本社ビルの42階にあった頃は、セザンヌ、ゴーガン、そしてゴッホのひまわりの3点の常設展示を観に時々出かけた。新しくなってからは今回が初めてだったが、開館時間に合わせて行ったにも拘らず80分待ちと言われて驚いた。
 山下清の展覧会は、昭和の時代からこれまで、多くの来場者で常に賑わいをみせている。しかしその人気とは裏腹に、彼の持つ障害ゆえ、その芸術性に対する評価は分かれ、未だ美術史に彼の居場所を見つけるのは難しい。一部美術の専門家からはその芸術性を黙殺されているかのようだ。入場の長い列について待ちながら、この状況を泉下の清はどう見ているだろうかと、ふと埒もないことを考えた。
 今回の展覧会は、山下清の誕生と題された第1章から、円熟期の創作活動を紹介する第5章まで200点近い数の作品が展示された。特筆すべきは、展示の最後の収蔵品コーナーにゴッホのひまわりが飾られてあったことだ。同じスペースで清とゴッホの両方の絵が観られるとは何という仕合わせだろう。昭和33年に日本初の本格的なゴッホ展が東京国立博物館で開催された時、山下清をモデルとした映画「裸の大将」の主演者と清が、映画の宣伝ためか、会場の前で写真を撮りたいと言った申し出を、当時博物館の学芸員だった嘉門安雄氏が即座に断ったというエピソードを嘉門氏自身が著書※に記している。いわく「ゴッホの人間と芸術の許しがたい冒涜である」と。それから60年余りの時を経た今、ゴッホのひまわりと清の作品の同時展示は、まさに僥倖というほかない。SOMPO美術館ならではの美の共演だった。

 以前NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で修復家岩井希久子さんが山下清の貼絵「お蝶夫人屋敷」を修復する様子を見た。貼絵を貼ってあるベニヤ板から剥がし中性パネルに張り替えるという、前代未聞の処置が施された。そして精神的にも肉体的にも過酷な作業を強いられる中、岩井さんは間近に作品と接することにより、見れば見るほど絵のすごさが分かって、長時間作品と対面していても不思議と飽きることがなかったという。独自の技巧と工夫、対象に迫る観察力、表現力の豊かさ、構図の素晴らしさ、抜群の色感など、山下清の作品が有する芸術性を高く評価した岩井さんの慧眼に、強く感銘を受けた。

 観終わって会場を去り難くしばらくはベンチに腰掛けていた。清の貼絵の美しさをなんと表現したらいいのか言葉が見つからないもどかしさを感じた。耐えかねて席を立った。帰路、入場を待つ間に聴いていた、ムターの奏でるバイオリンが頭の中で突然鳴りだした。指が弦を正確に押さえるその技巧の凄まじい様が、独自の工夫を凝らした紙の極小片を緻密に台紙に張り込んでいく清の姿と重なった。目にした景色を即座に記憶、絵画化し、移ろう刹那の風や光までも永遠に止める集中力は、ひたすら美への忠実を示すかのように、途切れることがない。淡々となされる仕事は細部に至ってなにも省略されない。平々と創り上げられたかに見える絵のどこにも油断がない。
 美しいものには理りがある。美を成立させる、美との約束が果たされている。美の正体とは何かと思いを巡らしても、ひとつの円を描くように、考えは始めからまた同じ終いに戻ってくるだけだ。
 ただ素直に、素直に美をうけとめよう。山下清が創り上げた絵の美しさを上手く語ることが出来ない私の焦燥などとるに足らないことなのだと、そう思い知らされる、令和の山下清展であった。

※嘉門安雄「ヴィーナスの汗 外国美術展の舞台裏」 文藝春秋 昭和43年

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