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アートコラム

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第1回「バイオリンと釈迦」

2023年07月06日更新

 先日仙台フィルと五嶋みどりさんの演奏を聴く機会に恵まれた。
 チャイコフスキーのバイオリン協奏曲。序奏部アレグロ・モデラート、はじまってすぐの弱奏から曲に引き込まれる。やがてゆったりと五嶋さんの独奏バイオリンが入る。これまで五嶋さん自身何千回と演奏したであろう曲が、今はじめて奏でられたかのように新鮮に響く。聴くたびに私を新しくする。美しい音色に圧倒された。

 サントリーホールで初めて生で五嶋さんのブラームスを聴いてからもうどのくらいの月日が経ったのだろうか。アンコール曲はエルガーかクライスラーだったと記憶するが、音が瞬間甘美な香りと化しホールに広がって終わった。帰路、演奏する五嶋さんの姿に何かがオーバーラップする。気になったが、何なのか思い出そうとして思い出せない。それが棟方志功の傑作「二菩薩釈迦十大弟子」の「須菩提」だと気がついたのは、しばらくたってからのことだった。興福寺の「乾漆十大弟子立像」に感銘を受けた棟方が、板画(版画)で制作した「二菩薩釈迦十大弟子」(1939年)。その中のひとつ「須菩提」が、バイオリンの音に耳を傾け演奏する五嶋さんの姿と重なった。

 「終わりがないと言うことは、恐ろしい事でもあり、また頼もしいことでもある。」としばしば五嶋さんは語る。長らくその言葉の持つ意味を理解できずにいたが、ある時棟方の研究者で孫でもある石井頼子氏が書かれた文章を読んでいてハッとなった。そこに棟方が好んで揮毫する「花深処無行跡(はなふかきところぎょうせきなし)」について棟方が語っていた言葉が記されていた。「(自分の仕事は)ひとつひとつが足跡に過ぎないんですよ。生きてゆく上での否応なしの足跡だと思うんです。完成しない、ただ完成への無限の憧憬なんです。完成とは作品のなかの僕がなくなることなんです。 -中略- 決して終わらない。終わらないところに芸術の血脈がある」と。

 2018年、バーンスタイン生誕100年の記念のコンサートで披露された五嶋さんの「セレナード」は、束の間私を夢の世界へといざなった。それはことばでは到底説明できない音楽の素晴らしさを知らされた、不思議な体験だった。終わりなき世界をひたむきに歩む五嶋さん。近くのスーパーへ買い物に行くように、飛行機に乗って、世界各地を演奏してまわる。普段演奏を聴く機会に恵まれない僻地などへのボランティア活動も、若手演奏家と共に、もう30年以上続けている。また今春、富山県美術館で久しぶりに観た棟方の晩年の大作には改めて胸打たれた。すべてを創造の力に変え、培った全力で板画という仕事に没頭した結果生み出された作品には、人生肯定の高い境地が表されている。

 今年は、棟方志功生誕120年、そして五嶋さんはデビュー40年の節目の年にあたり、各地で両者の様々な催しが開催されている。ともに表現者としての精進と自由なこころが、慈悲とも言える仕事を生み出し、観る者や聴く者に生きる勇気を与えてくれる。すでに一年も半ばをすぎたが、ふたりの命がけの芸術に親しめる至福の時。

 さぁ、一路夢の途中へ。

▲棟方志功 二菩薩釈迦十大弟子 「須菩堤の柵」 イメージサイズ99.5×39.0cm 木版・紙

生誕120年 棟方志功展 メイキング・オブ・ムナカタ
●富山展
日時 2023年3月18日(土)~5月21日(日)※終了しています。
会場 富山県美術館
●青森展
日時 2023年7月29日(土) ~ 9月24日(日)
会場 青森県立美術館
●東京展
日時 2023年10月06日(金) ~ 12月03日(日)
会場 東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー

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